毎日新聞社発行『エコノミスト』3/30
学者が斬る バナナ・ペーパーで国を興す
森島 紘史
名古屋市立大学大学院 教授

バナナの茎は新たな資源
 バナナ・ペーパーとは、熱帯・亜熱帯地方の途上国で生産されているバナナの生産残滓「茎」を原料につくる紙である。バナナの茎には巨大な茎を支える強靱な繊維分が多く含まれている。見た目には麻と良く似ているため、フィリッピン産のバナナの一種「アバカ」は、別名「マニラ麻」とも呼ばれ、日本の紙幣(1万円札)の主原料として利用されている。一方、バナナの和名は「芭蕉」であり、沖縄では実がなるバナナを「実芭蕉」、実は食べられないが、繊維が利用できるバナナを「糸芭蕉」と呼び分け、糸芭蕉から芭蕉布が作られていることは良く知られている。  世界のバナナ植生地域は、南北緯30度以内で冬期平均気温15.5℃以上、年間雨量1270ミリ以上という条件に見合う129カ国・地域であり、その80%が途上国にあたる。バナナは多年草の早生植物で、私たちが普段食べているキャベンディッシュやグロスミッチェル種などのデザートバナナと、煮たり揚げたりして食べる料理用プランティン種に大別される。途上国におけるバナナ輸出量は全生産量の約20%と少なく、多くは生産国の人々の主要な食糧となっている。  バナナは株を植えると6〜8ヵ月で成長する。背丈は品種、雨量、気温によるが、低いもので3〜4メートル、高いものは10mを超え茎も直径50cmと大人が一抱えするほど太くなる。実はしばしば地上数mの高さに成るために、収穫する際は茎を根元で伐る。伐られた茎や葉は、再利用されることもなく、ゴミとしてその場に捨てられている。  世界のバナナ生産国順位は1位がインド、以下ウガンダ、エクアドル、ブラジルと続く。総生産量は約1億トン(国連食料農業機関調べ、2002年)で、そこから推量すると茎や葉の廃棄量はおよそ10億トンになる。仮にすべての茎から繊維を取り出し、紙の原料として再利用すれば、バナナパルプ約5000万トンが製造でき、高さ20mの森林木材約10万本分に代わる新たな紙資源が誕生する。毎年1億7000万トンの木材パルプが消費されている今日、その約30%に匹敵する。

紙需要は増加の一途
 「紙の消費量は文化のバロメーター」と古くからいわれているように、紀元前3世紀頃中国で発明されて以来、紙は人類の文化の発展を支えてきた。特にここ150年、製紙原料に木材が使われはじめると、製紙技術は飛躍的に向上し、例えば米国では、1889年100万トンだった生産量が、1997年には8500万トン(地球白書、99〜00年)と増大した。  その後も、ペーパーレス社会は一向に構築される気配がなく、世界で最もポピュラーな製紙関係の業界誌(PPI)の01年の統計では、大量消費30ヵ国平均、前年比約3%増が続いている。生産される大部分の紙が先進国で消費されている現在の傾向は今後も続くだろうが、一方で消費量の伸びの大きいのが途上国である。国連は、今後10年間で途上国の需要を300%と試算している。2050年世界中の人々が、今日の米国人と同量の紙を消費すると仮定すると現在比8倍量になり、この需要を満たすには、森林伐採量を7倍に増やす必要があり、世界の森林がこの負担に耐えられないことは明らかである。  60年から90年の30年間、地球上の森林面積は約30%減少した。総面積の58%を有する途上国の熱帯林面積の2分の1が消滅したからである。さらに90年から95年の5年間で6450万ヘクタール、毎年およそ本州半分の面積消失が続いている。このまま消失が続けば、2030年には途上国の森林面積がゼロになり、砂漠と化す。そのペースを環境団体グリーンピースは「地球上から、毎秒サッカーグラウンド1個分の森林が消滅している」と警告している。  一方、世界人口65億2000万人のうち12億人が貧困状態にあり、1日1ドル以下で暮らしている。実に5人に1人の割合である。  これらの地域では、エネルギー確保のための立木の薪・炭材転化、食料生産のため行われる焼き畑、牧場への転換などが無制限に行われ、急速に砂漠化が進行している。砂漠化した大地に降る驟雨は、濁流となり大量の土砂を海に運び、魚の宝庫である珊瑚礁や海を死滅させていく。魚貝類がいなくなった海では漁業もできない。飢えが人々をさらに森林に追いやり、新たな伐採により森林はまた消滅する。貧困が引き起こしている終わりのない環境破壊の悪循環である。

バナナパルプの輸出、紙の自給で途上国は外貨蓄積
 大量の廃棄物だったバナナの茎を使って紙をつくる。そのバナナ・ペーパーで経済活動が生まれれば、途上国の生活水準を上げることにつながる。循環する環境破壊に歯止めをかけ、熱帯地方の途上国の経済的自立を計る「バナナ・グリーンゴールド・プロジェクト(BGGP、以下バナナ・プロジェクト)を外務省、国連工業開発機構(UNIDO),トヨタ財団ほかの支援により推進している。  このプロジェクトは、古代和紙の技法を使っている。通常、和紙作りでは楮や三椏などの靭皮繊維を叩いてパルプにするが、麻に似たバナナの繊維は、叩いてもパルプにならない。ところが遠く飛鳥時代には、麻や苧麻(通常からむし苧)のぼろくずを臼でひき、棒でついてパルプにしたといわれている。文献を頼りに、多くの技術者や伝統紙漉き職人が協力して3年がかりでバナナ繊維をすりつぶしてパルプにする機械を造った。環境汚染のない「無農薬・エネルギーフリー製紙法」を開発したのだ。設備投資額は1000万円以内、そのため小資本で立ち上げ可能であり、小規模分散型産業が途上国農村部での展開を容易にする。年間を通じて収穫できるバナナは、作業の平準化ができ、初期投資の早期原価償却ができる。  生産効率は、技術を習得すればバナナの茎1トンから1日20人が働くことで、A4サイズの紙を日産2万4000枚ほど生産することができる。将来、用途開発が進めば中規模程度の工業化への発展も可能である。生産効果は、紙原料としてバナナパルプを先進国へ輸出できるほか、紙の自給自足によりその分高価な紙を輸入する必要がなくなり、外貨流出の節減につながる。自国においては、安価なバナナ・ペーパーによるノートや教科書が貧困層の子供たちに行き渡ることによって、学習の効率化により識字率も向上する。また生活用紙が豊富にでまわることで人々の暮らしは豊かになり、紙製のインテリア用品や工芸品は豊かな文化を創造する。新たな産業は、農村部の雇用を創出、農民所得の向上により貧困問題解決の糸口となり、さらに農村部から都市への人口流入による都市スラム化が防止できる。  途上国の目線でみれば、地方農村部の雇用を促進するには、大規模なプラントの建設は現実的ではない。小規模分散型工場を造ることが望ましく、バナナ・プロジェクトならそれが可能である。

ハイチ、ジャマイカ、ガボンで事業化
 バナナ・プロジェクトは、99年中米ハイチ共和国で始動した。ハイチの面積は四国よりやや大きく、約800万人のアフリカ系黒人が暮らしている。長引く政権闘争、人権侵害、暗殺の横行から、米国による経済制裁が行われ、失業率75%(在日本大使館調べ)、一人当りGDP551米ドル(世界銀行01年)で、西半球の最貧国である。  現地のクレオール語で「雲のかかる大地」を意味する高い山の多いハイチは、燃料不足から生じる森林伐採、薪炭化が進み、いまでは国土の95%が砂漠化した。公立小学校の月謝700円が払えず就学できない児童が多く、成人識字率は45%(国連開発計画調べ)、ストリートチルドレンが10万人を超えている。  ハイチの特産であるバナナは年間約58万トン生産され、人々の主食となっている。農業人口は全人口の約3分の2、国内総生産に占める割合は41%、バナナ農園は地方経済の重要な役割を担っているが、現金収入が乏しいため貧困地域ともなっている。  日本のODA(政府開発援助)により、国立ハイチ大学で99年より数回にわたりバナナ・ペーパー製造技術普及セミナーを実施、01年、02年には製紙所2棟が建設された。その後、現地サイドの努力もあり、農村部の製紙所では、女性を中心に50人が働き、1家族平均8人の村では400人の生計を支えている。この成果をみたハイチ政府も、今後のプロジェクトの進展に大きな関心を寄せている。  隣国ジャマイカでも、農園で製造したバナナ・ペーパーを首都ジャマイカで製品化する「地方と都市との連携した経済活性、収入向上プログラム」を展開している。また中央アフリカのガボン共和国では、04年8月の独立記念日に合わせて、バナナ・ペーパー研究所を開設する。研究所で製造されたバナナ・ペーパーは市が買い上げ、日本のODAにより建設された農村部の公立小学校で使われる。農村→研究所→市→小学校→農村の持続可能なシステムが構築され、この計画はガボン政府により、日・アフリカ国際協力モデルケースとして、広くアフリカ大陸への技術伝播が予定されている。

農作物のCO2吸収量をCDMで認めよ
 97年地球温暖化防止京都会議において、2012年を目標に温暖化ガスを先進国全体で5%減、日本6%減、アメリカ7%減などの数値目標の達成を義務づけた「京都議定書」が採決された。しかし、先進国側は、今後途上国からのCO2排出の増大が見込まれるため途上国の削減目標値の設定も欠かせないと主張、一方途上国側は、温暖化の原因は先進国にあるとし、不十分な取組みへの反発を示した。さらに、01年マラケシュ会議において、アメリカは削減目標値に不満を表明して京都議定書から一方的に離脱、批准すると思われていた大国ロシアもいまだに批准への態度を明確にせず、条約発効が危ぶまれている。  しかし、その他の締約国は既に発効へ向けて、目標値を達成するための柔軟措置3項目のルール策定を行なった。「排出権取引、共同実施(JI),クリーン開発メカニズム(CDM)」の3項目である。  「排出量取引」は、先進国間で温室効果ガスの排出枠(生産活動竦カ活に伴う温室効果ガス排出の1国の限度量)を移転できる制度であり、「J1」は、先進国同士で行なう温室効果ガスの削減事業である。両者とも先進国間における排出枠を取引する話で、クレジット(一種の排出権)の獲得も08年以降にしか適用されない。  ところが「CDM」は、先進国が途上国において実施された温室効果ガス排出削減事業によって、生じた削減分を獲得することを認める制度である。  CDMを実施するには、日本政府および受け入れ国の承認と、運営機関の厳しい審査をパスしなければならず、さらにこの審査を受けるためには、登録した方法論の利用が義務付けられている。そのため03年10月現在、厳しい審査をパスした案件は、世界中から申請された35件中の6件のみである。  だからといってCDM以上に、地球温暖化の一方の主因と考えられている途上国の森林破壊を止める効果的な手段はない。バナナ・プロジェクトを推進すれば、バナナの実は食料に、捨てられる茎は紙に、短期間で生長する巨大な葉は相当量のCO2を吸収する。数十年かかる樹木の成長に比べ、数カ月で同等背丈になるバナナは、成長期に吸収するCO2量も大きい。植林のCO2吸収量は排出削減分として認めたが、農作物の吸収量はカウントしないと決めたCDM運営機関は、狭量と言わざるを得ない。農村部の産業開発により経済は回復し、エネルギ−需要の70%を賄っている薪炭材に代わるエネルギーが普及すれば、森林伐採量は大幅に減少する。伐採される運命にあった森林を保全することは、その森林面積と同等の効果を即座に手に入れることであり、CO2吸収分を将来に渡り確保することができたとみなすべきで、バナナの植栽は、クレジットに換算すべきである。  京都議定書の先行きが見えない今日、蓄積された知の資源をもって途上国との共存を計り、地球環境救うべく立ち上がる時を迎えている。バナナ・ペーパー製造指導所を100ヵ国・地域に1カ所ずつ建設すると10億円(ODA予算の1%強)、さらに毎年同額の支援を継続すれば、途上国に夢と希望が蘇る。途上国支援により現地の次の世代を育てれば、国際的に日本のプレゼンスは上がっていくはずである。(了)